COLUMN
顧客中心のサブスクリプションモデル。「経験価値」が生まれた理由
記事のワンポイント マーケティング動画
サブスクリプションモデルの登場により、ビジネスモデルもより明確に「製品中心から顧客中心」へとシフト、すべての発想を「製品からではなく顧客から始める」ことが重要になってきています。
1.サブスクリプションモデルのキーワード「経験」
従来のコミュニケーションモデルのように、それぞれのチャネルを通じて一方的に情報やメッセージが伝えられる訳ではなく、
顧客の活動を中心に様々なタッチポイントで得られる「経験(体験)」がサービスそのものになってきていると言えます。
では、マーケティングにおける「経験(体験)」といった考え方はなぜ生まれたのでしょう?
2.「経験」という考え方はなぜ生まれたか?
2000年初頭より「経験(体験)」というキーワードで大きく2つの流れが見てとれます。一つは「経験価値」、もう一つは「経験経済」というキーワードです。
・「経験価値」とは何か?
2000年に入る頃、バーンド・H・シュミット教授は「EXPERIMENTAL MARKETING(経験価値マーケティング)」という考え方を提唱しています。
この中でシュミット教授は、伝統的マーケティングについて大きく4つの問題点を挙げています。
・製品の機能的特性と便益に囚われすぎていること
・狭義の製品カテゴリーでの競争を前提にしていること
・顧客を理性的な意思決定者と見ていること
・手法が分析的・定量的に偏っていること
伝統的マーケティングが、狭い範囲で機能や価値を捉えていることや、それを受け取る顧客側が常に合理的な判断で意思決定をする前提に立っている点を指摘しているのです。
それに対し、「経験価値マーケティング」では、
・経験価値に焦点をあてること
・消費を全体的な経験価値として扱うこと
・顧客は理性的かつ情緒的であること
・状況に合わせた柔軟な解釈を行うこと
といった4つの特徴があることを述べ、顧客が単なる「消費者」ではなく、様々な「経験価値」を求めて生きる「人間」だと捉えています。
この捉え方は後のコトラー教授のマーケティング3.0にも踏襲されていきますが、
顧客は一人の全人的な存在であり、感覚(sense)、感情(heart)、精神(mind)を満たす「経験価値」を提供してくれるブランドを求めていることを主張しています。
例えばIKEAは家具ショップですが、単に個々の家具をスペックや品質で販売しているのではありません。
店舗の空間やディスプレイを通じて、顧客のショッピング体験全体(消費状況全体)を「経験価値」として捉えながら、
さらに「日帰り旅行をする」「アウトドアを家族で楽しむ」といった将来の「経験価値」を提案していると言えるでしょう。
・「経験経済」の時代へ
B.J.パインⅡとJ.H.ギルモアは、2005年に著書を出版し、「経験経済(The Experience Economy)」の時代が到来することを謳っています。
経済価値の4つの段階と主な特徴を以下のように表し、コモディティから製品、サービスに次ぐレベルとして「経験」という価値を挙げています。
1)コモディティ:農業経済・代替できる・自然
2)製 品 :産業経済・形がある・規格
3)サービス :サービス経済・形がない・カスタマイズ
4)経 験 :経験経済・思い出に残る・個人的
この段階を説明する例として、コモディティであるコーヒー豆が取り上げられています。
※換算価格は比較のため著書より抜粋
コーヒー豆は、価格で換算するとカップ一杯につき1、2セント。
業者が豆を挽きパッケージ製品としてスーパーで売れば、価格は1カップあたり5〜25セント。
その豆を使って淹れたコーヒーがごく普通のレストランや喫茶店で提供されれば50セント〜1ドル。
その同じコーヒーでも、ホテルや高級レストランで淹れたものは、一杯につき2〜5ドルと、価値の段階を上がるごとに価格も高まっていくということになります。
コーヒーで言えば、スターバックスやブルーボトルなどをイメージすると分かりやすいかもしれませんが、
このように第4のレベルを実現した企業は「経験」という価値をつくり出し、価格や顧客が受け取る価値を高めていると言えるでしょう。
さらにパイン氏・ギルモア氏は、この「経験」をコモディティ化を脱するための新たな価値の源泉として紹介しています。
コモディティ化とは、企業間での模倣や同質化の結果、プロダクトの差別化ができなくなっていく状態です。
コモディティ化が進行すると、やがて価格競争が激化し、コスト競争に収斂していくことになるためマーケティングの中でもとりわけ中心的な課題として取り上げられています。
上の図に表したように、コモディティから製品、サービス、「経験」と、経済価値の段階を上がるほど付加価値が高まり、顧客にとっての価値も大きくなります。
また価値の可視性が低くなることで、真似ることが難しくなり、結果、差別化の度合いもより強いものになっていくのです。
3.ブランドづくりでも益々重要になる「経験価値」
これらのようにマーケティングにおいて、「経験(体験)」という考え方は2000年頃から必要に応じて生まれてきたことが分かります。
シュミット教授の「経験価値」では、マーケティングにおける焦点を「機能的特性と便益」から「経験価値」にシフトし、
製品カテゴリーをより広く、顧客をより情緒的な一人の人間として捉えることの重要性を説いています。
パイン氏・ギルモア氏の「経験経済」では、
コモディティから製品、サービス、第4のレベルとして「経験」という価値を挙げ、この段階を上がるほど顧客にとっても「付加価値」が高く、真似ることが難しい「差別化」の強度が増すことを学ぶことができます。
バイロン・シャープ氏もブランド選好は、ブランドの「経験(体験)」によって強化されることを示し、人は過去にそのブランドを使用した経験があれば、そのブランドを好きになりやすいことを提示しています。
今やブランドも広告でつくられているのではなく、「経験(体験)」を通じて伝えられ、築かれていくのです。
このように「経験(体験)」という考え方がなぜ生まれてきたかを知ることで、いかなるサービスや事業においても、より的を得た「経験価値」のデザインができるようになるのではないかと思います。