COLUMN
ウォルト・ディズニーとブランディングの科学
記事のワンポイント マーケティング動画
1.ウォルト・ディズニーは軽々マーケティングを超えていく
ディズニーランドは子供だけを相手に作ってるんじゃない。人はいつから子供でなくなるというのかね。大人の中に、子供という要素がすっかり消えてしまっていると、君は言いきれるかい?いい娯楽ってやつは、老いも若きも、誰にでもアピールするものだ。親が子ども連れで来られるところ、いや、大人どうしで来ても楽しめるところ・・・。僕はディズニーランドをそんな場所にしたいんだ。
一度はどこかで目にしたことがあると思いますが、これはウォルト・ディズニーがディズニーランドオープン前に語ったとされる言葉です。※1
この言葉は、ウォルト・ディズニー自身が子供を遊園地に連れていったときの「大人はまったく楽しめない」という体験からきていると言われています。
この言葉をマーケティングの目で見たときにふと違和感を感じるパートがありました。
それは「ディズニーランドは子供だけを相手に作ってるんじゃない。」という点です。
一般的なマーケティングの理論で考えると、「とにかくもっとターゲットを絞らなければいけない」と思い込んでしまいます。
ターゲットを絞り込まなければ、メインターゲットが定まらず、子供(もしくは大人)に刺さるものができない、ついそう言ってしまいそうになるのです。
ただウォルト・ディズニーは少なくとも「ターゲットを絞りその場の効率を上げたい」と言うよりも、「もっと多くの人に楽しんでもらいたい」と言っていたのでした。
2.バイロン・シャープ教授のブランディングの科学
少し話しの切り口を変え、「ターゲットを絞る」ということについて見ていきます。
2018年に、南オーストラリア大学の教授であり、多くの著名ブランドの研究を請け負うアレンバーグ・バス研究所マーケティングサイエンスディレクターでもあるバイロン・シャープ氏の著書が翻訳されました。
消費者の購買行動とブランドの競合状態を何十年も研究してきた中で、最も重要な知見として次の3つを上げています。
1.ブランドは認知度が上がることで、それが「どんなタイプの購買客であっても数が増えることで成長」する。その多くがブランドをたまにしか買わない「ライトユーザー」である。
2.ブランドは、多少の差別化のポイントはあっても、その「多くが類似製品のように競合」し合っている。しかし「認知度には差」が生じている。
3.ブランドが成長すると「フィジカル・アベイラビリティ(購買機会の高まり)」と「メンタル・アベイラビリティ(ブランド想起の高まり)」の2つの資産が市場に根付く。消費者が「買いやすいブランド」ほどマーケットシェアが大きくなる。
マーケティングで長らく信じられてきた「顧客ロイヤルティや差別化」はあまり有効ではない、と、エヴィデンスを持ってブランディングに対し少し刺激的な、とても示唆に富む新たな視点を投げかけています。
その中で、熱狂的なファンを抱えるモデルとして引用されることが多いアップルやハーレーダビットソン等、代表的なブランドにおいても、実際は顧客層の構成が他の競合ブランドと大した変わりがないことを示しています。
さらに「パレートの法則」で言われるように、20%の顧客が80%の売上を占めている訳ではなく、その実態としては売上は50%強であることなどを上げ、その他の多くが「ライトユーザー」から上がっていることを指摘しています。
むしろブランドにとっての成長に必要なことは、「認知と買いやすさを高め、ライトユーザーを多く獲得」していくことだと説明しているのです。
3.ときにターゲットを狭く定義しすぎない
バイロン・シャープ氏の指摘は、盛岡毅氏が著書「確率思考の戦略論」の中で戦略の本質として上げている3つの大事な要素
・認知の伸び代を探す
・配荷(流通)の伸び代を探す
・プレファレンス(選ばれる確率)の伸び代を探す
とほぼ同じことを指していると言えるでしょう。
より多くの人に知ってもらい、より多くの人が手に取れる(サービスが受けられる)状態にし、選ばれる確率を高めていくことが重要ということになります。
狭いターゲティングで既存の顧客を深掘る(単価を上げる)垂直の方向性よりも、水平に面を広げ、新たな顧客を向かい入れていくことの方が上手くいく可能性が高いことを示唆しています。
USJを「映画だけのテーマパーク」と狭く定義し、既存の映画好きファン層にさらにUSJを好きになってもらうよりも、「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」という一段上のコンセプトに昇華し、
具体的な手を打っていくことで、人気のアニメやゲーム、キャラクターなどの優れたコンテンツについているファン層も取り込んでいくことに成功したと言えるでしょう。
冒頭のウォルト・ディズニーの言葉に戻りますが、あの言葉は、もちろんマーケティングを考えて表現したものではありません。
ただ結果として、とても理にかなった視点だったとも言えるのではないでしょうか。
「いい娯楽ってやつは、老いも若きも、誰にでもアピールするものだ。」
テクニカルなマーケティングの手法以前に、自身が描くビジョンとして、素晴らしいものを生み出し、人の中にあるより普遍的な「子供のような心」、より根本的な人の欲求や願いに応えようとしたのではないかと思います。
※引用:ボブ・トマス著「ウォルト・ディズニー」
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